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ba2959c6.jpg ぼくが、生まれて初めてマクドナルドのハンバーガーを食べたのは、実に35年前のことである。  その頃、ぼくは中学2年生。
 
 ぼくは、当時、洋画に凝っていた。
 現在のシネコンは、最新映画を封切と伴に放映してくれるが、当時は最新映画を封切公開したのは都市の映画館だけ、田舎の映画館は、そのフイルムを払下げして貰って放映していたのである。

 つまり名古屋で封切ロードショウされた映画が、1・2ヶ月経ってから、西尾の映画館が放映したのである。 しかもフイルムをカットして、他の映画と2本立てで放映するのである。
 映画専門月刊誌「ロードショウ」や「スクリーン」を漁り読んで、「早くこの映画が見ないなぁ…。」などと、クリクリ坊主頭の海老之助少年は待ち望んでいたのである。

 ぼくの両親は当時、春夏は露地野菜を栽培し、秋冬は沿岸部で海苔の養殖をしていたのである。
 その手伝いをすることで盆暮れに多少の小遣いが貰えた。
 そしてぼくは、それを元手に名古屋へ映画を見に行ったのである。
 中日シネラマ、名鉄東宝、ヘラルドなどなど…。

 その行き帰りに名古屋駅前地下街テルミナを歩いていて、そこにマクドナルドを見つけたのである。
 ぼくの記憶に間違えなければ、その店が名古屋で初めての出店でなかっただろうか。

 その頃のビッグマックが350円ではなかったか。
 中学生が名鉄電車に乗って西尾から名古屋へくる片道料金とほぼ同等の金額だったように記憶している。
 今は、ファーストフードを廉価を謳っているが、当時は高価だったのである。
 ラーメンなら2杯食べれたかも知れない。

 帰りの電車賃を残してなけなしの350円を払っても、中学生のぼくは大満足した。
 「世の中に、こんな美味い物があったのか…。」と。
 
 そんな感激も、時を置いて何時でも安価にビックマックが食べられるようになると薄らいで、気が乗らなければ、特に食べたいとも思わなくなっていた。

 そんなとき、先月27日、あろうことか、オラが町にマクドが出来たのである。
 土日になるとドライブスルーが混雑して、ユニフォームを着たスタッフが大わらわしている。
 我が家から歩いて行ける範囲にマクドがあるとなれば、またひとつ食べてやろうじゃないかとも思うが、生憎ダイエットで摂取カロリーの制限をしているオヤジとしては悩ましいところであるのだ。